Ludique blog

シェフガッキーの料理ブログ!

フレンチシェフガッキーによる料理ブログ!フランス語のLudique(遊び心)を食卓に!楽しく料理をお伝えする【ダジャレシピ】と時々【ガッキーの雑記】ブログです。

夏休みはゆったり我が家で本格フレンチ

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【ガッキーのプロフィール】ぐる眉、サングラスをかけたシェフの正体とは?


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どうも!!!ガッキーです!!

料理のレシピのブログをこれまであげてきましたが、

 

 

自己紹介をまだしてませんでした(笑)

 

 

このふざけた格好で怪しさ満点のぐる眉サングラスのシェフガッキーとは何者なのか??

  

今回は自己紹介をしたいと思います!

 

ぐる眉、サングラスをかけたシェフ、ガッキーとは?

 

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  • 名前・・・ガッキー(稲垣直也)
  • 職業・・・料理人
  • 血液型・・・O型
  • 誕生日・・・1985年7月27日
  • 身長・・・168センチ
  • 体重・・・65キロ
  • 資格・・・調理師 簿記3級 BBQインストラクター
  • 似てると言われる有名人・・・羽田圭介 ヒャダイン
  • 趣味・・・ランニング 読書 サウナ
  • 好きな映画・・・パイレーツオブカリビアン、スターウォーズ、ピクサー映画
  • 好きな音楽・・・いきものがかり KEMURI 
  • 好きな食べ物、飲み物・・・餃子 刺身、くせのある肉 日本酒、ビール、ワイン

 

 

ぐる眉、サングラスをかけたシェフ、ガッキーの生い立ち

 生まれ

1985年、愛知県名古屋市のベッドタウン、金魚で有名な弥富市で生まれる。

泣いたらなぜか野沢菜をくわえさせると泣き止んだらしい。

その影響でか飲みに行くと無性に漬物を食べたくなる。

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 ↑3歳の時。このころが一番かわいかった。

 

まったく寝なかった保育園時代

 保育園の昼寝の時間は全く寝なかった。

だがその反動で大人になってから眠い(笑)

母親が保育士でもあったので、いろんな先生とも仲良くなって、今でも覚えてくれている。

 

みんなより早かった成長期小学校時代

小学校低学年までは、ぽっちゃり体系で、運動もあんまり。

水泳にいたっては、1メートルしか泳げず、いいとこがなかった。

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↑少しぽっちゃりな体系。左がガッキー

 

高学年になって、1年で身長がなんと14センチも伸び、ぽっちゃり体系を脱出!

泳げなかった水泳も夏休み練習しにいくのが嫌で、なんとか100メートル泳げるようになりました。

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↑6年生のとき、このとき身長はもう166センチあった

  

 

内申点のためにまじめになりまくった中学時代

 中学からはクソがつくほど真面目になった。

この時の経歴は、

  • 学級委員3回
  • 生徒会長2回
  • 部活のキャプテン
  • 学園祭のリーダー

とかなりいろいろやってました(笑)

このときはかなり真面目でつまらないやつだったかもしれません。

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↑修学旅行の時。 

 

高校受験のお祝いが人生に大きく影響

志望校に合格できたら、料理人をやってるおじさんにフレンチを作って食べさせてもらう。

という約束をして、見事合格!

おじさんにフレンチのフルコースを作ってもらいました。

その時食べた伊勢海老のグラタンは今でも鮮明に覚えている。

このときなんとなく、料理をやってみたい。

と思うようになってくる。

 

真面目だった反動がきた高校時代

中学時代、クソ真面目だったので、あんまりモテず、バカになればモテると思い、勉強をあんまりしなくなる。

それに高校の授業がすごく作業のように進めていくやり方に疑問もでてきた。

なんのための授業なのかと。

でもそんなこんなで結局モテず。

バカになると勉強はまた別!!!

やっぱり勉強できてバカになれるやつが最高なんだと思う。

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 ↑バカになってます。

 

やりたいことをやるのはやっぱり楽しいと思った専門学校時代

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散々親と進路でもめて、何とか説得できたら、やるならちゃんとしたところで、ということになり、料理学校の名門『辻調理師専門学校』へ。

自分がやりたいことだと、こんなにも楽しく勉強できるのかと、すごく思った。

そして、おじさんの影響からか、料理をやるならフレンチと自然にそうなっていた。

 

フランスへ

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辻調の二年目のコースとして、辻調グループが運営する、フランス校に行きたいと思い、親に断られる覚悟で相談。

授業料が高いから絶対反対されると思ったが、『とことんやるなら行ってこい』と言ってくれた。

しかしその直後父が病気になり入院。

フランスに行けなくなることを覚悟したが、『お前はやりたいことをやりなさい』と言ってくれ、金銭的にも厳しい時期に、フランスに行かせてくれた。

今でも本当に感謝している。

 

辻調グループフランス校へ

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晴れて、フランスに行くことになり、語学の勉強もし(特に調理場で使うフランス語を中心に)2005年フランスへ。

 

辻調グループフランス校は全寮制で半年で卒業し、残りの半年はフランスの各地に研修に行きます。

学校での半年はまさに料理合宿(笑)

朝7時30分から夜は8時まで授業。

そのあとは明日の実習やら、講習の予習などほんと起きてから、寝るまで料理のこと(笑)

いや、夢の中でも料理のことだったかもしれません(笑)

このときいっしょに学んだメンバーは苦しい時も、めちゃ楽しい、うれしい時も、共にした一生涯の仲間です。

 

スイスの国境近くのアヌシーへ研修

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学校の休暇の時にアヌシーという、湖がきれいなとこに旅行に行き、めちゃめちゃよかったって話を先生にしていたら、研修先はアヌシーに(笑)

(研修先は自分で決めることができず、先生が決めてます。)

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↑アヌシーの『Clos des Sens』というぼくが行ったときは1星でしたが、次の年に2星に昇格した忙しいレストランでした。

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↑担当していた前菜のポジション

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『Clos des Sens』のキッチンメンバーと。

 

アヌシーはスイスに近いので、山が多く、またアヌシー湖という透明度の高い湖があります。

なのでフランスのベネチアとも言われています。

フランスにいながら、スイス、イタリアも味わえるステキなところです。

また日本人も少ないので穴場の観光スポットだと思います。

 

アヌシーでは休みの日に周囲38キロのアヌシー湖を歩くというあほなことも挑戦(笑)

次の日職場で階段登れず。。。。

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↑フランス、アヌシー湖を一周するなぞのニューヨーカー(笑)

 

フランスではほんといろんなとこも行ったので、またブログで紹介したいと思います。

 

といろいろなことを経験し日本に帰国します。

 

 

 

東京での修行

帰国してすぐに、就活をするためにバイトをしました。

主に力系のバイト。

そして、一度は世界の最先端、東京で働いてみたいと思い、東京で仕事を探すことに。

いろいろ悩んだ末、西麻布にある高級レストランに就職。

ここに決めた理由は二つ。

 

一つ目は

会社訪問したときに、オーナーの『高級な食材を扱えれば、安い食材も扱える。だが安い食材しか扱ってないとこは高級食材は扱えないぞ』と『うちは何でも扱うから力が付くぞ』と。その言葉がめちゃくちゃ響き、決めました。

二つ目は

日本では珍しい8月の一か月お店を閉め、バカンスがあったから。(笑)

やったーーー休める!と思ってたけど、結局、若造は休まず勉強だ!

と言われ、この期間は軽井沢のフレンチで働いてました(笑)バカンスではなかったですけど、これはこれで楽しかったです。

今思えば中々体験できませんから。

 

とこんな感じで本格的に修行が始まります。

もうね、ほんと大変でした。

まず、住んだところが職場からチャリで25分の西五反田で、4畳半の1R、家賃はなんと72000円。

高い!!!最初は寝るだけだからいいかなと思ったけど狭いと気持ちもなえます。

 

修行はどんなことをしたかというと、

料理はクラシックな料理をメインにハーブやスパイスをよく使うお店で、だいぶ詳しくなりました。

カレーもスパイスから作れるようになり、今の料理人のベースを築くことができたと思います。

ただ、朝は大体、7時から終わるのは大体22時で、家に着くのは大体23時くらいになってました。15時間は軽く働いてましたね(笑)

休みも月に6~7回。

忙しい12月は3回でした(笑)

初めての12月は16時間働く+週に何回かはジビエの季節で、鳥類の羽をむしる作業をするために朝の5時とかに行ってました(笑)

体調を崩しましたが、人生で初めてニンニク注射を打ち、なんとか乗り切りました。

給料はほんと雀の涙。でもがんばりました。

が。。。。。

 

ようやく、仕事も少し慣れてきて、二年目がもう終わるってときに、オーナーが経営不振を理由にレストランの経営権をある会社に売却。

残るメンバーも居ましたが、なんの相談もなく、急にこういう決断をしたオーナーにほとんどが付いていかず、ぼくも新しく職場を移ることに。

そのとき、シェフに紹介してもらった六本木の高級ホテルに就職が決まった。

二店舗目での修行が始まった。

 

ホテル時代とFX

ホテル時代は街場のレストランと違い、給料もよくなったが、仕事量が半端になく多かった。

うまく仕事が進めれず、悩んだこともあったが、当時の副料理長に仕事のいろはを叩き込まれ、23歳でメインダイニングのストーブ(肉を焼いたり、魚を焼くとこ)をやらせてもらえた。

仕事も順調なときに、今思うと、あほだったなーと笑えるのだが知人の紹介でFXを始めたのだ。

自動で売買するシステムっていうのを導入し、初期投資やらいろいろトータルして、100万借金をした。

 

いやでも給料まあよかったし、返せなくもないと思った矢先に

 

リーマンショックが起きる。

 

FXにかけてたお金はすべてなくなり、100万の借金だけが残った

それプラス、返済できるだろうと思ってた給料もリーマンショック後一気に減った。家賃分くらい減ったので返済が厳しくなり、東京からの離脱を余儀なくされた。

 

このとき学んだのは無知なのはダメだってこと。

お金もそうだし、経済も、すべてにおいて無知はよくない。

本を読もう、料理以外も勉強しようと思ったのだ。

高い授業料だが、これで気づけたことに感謝している。

 

名古屋へ帰還、悩み 自問

約3年半の東京生活を終え、専門、フランスも含めると、5年半ぶりに実家に戻ってきた。

戻ってきてすぐにビストロで働き始めたのだが、うまく合わず、少し精神的にも病んでしまい半年で病めてしまった。

三か月くらい休んで、本当に自分は『料理人を続けれるのか?』といろいろ考えた。

本もたくさん読んだ。人にもたくさん会った。

そこで気づいたのが、『自分は料理が好きだ!料理をやりたい』と!!

仕事として続ける決心をしたのだ。

 

借金も返さないといけないので、今度は名古屋市内のカフェで必死に働いた。

ここでは主に、デリを作り、賄いをほぼ毎日作り、パスタも作ったりいろいろやった。

大きいケータリングもこのときいっぱい経験した。

たくさんのことを学べたと思う。

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↑担当していたデリ

 

 ここで二年勤め、少し借金も返したころあたりに、野菜をたくさん扱って調理してみたいと思い、名古屋駅の自然派バイキングレストランへ。

 

借金完済 

バイキングレストランでは、今までとは違う経験ができた。

野菜を中心に料理でき、沢山の後輩を持ち、教える機会が増えた。

後輩育成は調理用語をできるだけわかりやすく、説明しなければならない。

今までにない経験だ。

しかしその経験が今のブログや、料理教室に生きることになってきたので、かなりいい経験だったと思う。

 

そして、自分一人では無理なこともうまく仕事を分担すれば大きいことができるということをすごく実感できた。

 

 

4年ここで働き、

借金も完済!!

貯金もできて、いよいよ自分で店を持ちたいと思い、物件を探し始める。

 

現在とこれから

フリーの料理人として

しかしこの物件探しがかなり難航。。。

資金もそんなにないので、居ぬき物件を中心に探していたが、中々見つからない。

『今回はタイミングが合わず見つからないから、就職しなおそうか』と思い始めたとき、ブログ仲間のN君が

 

『今さら、就職とかテンション下がるっしょ』と言われ、はっとした。

 

 

『そもそも店舗がないとできないのか?なくてもできる方法はあるんじゃないか?』

と思いはじめました。

そうだ!

個人でお店を持たず『フリーの料理人』をやってみよう!!

個人でやるにはまず、自分のメディアを作らないといけない。

ブログを作ろう。

自分のメディアを持ち、自分をしっかり発信できる場をまずは作るべきだ!

自分の料理や活動をブログで発信するためにこの『シェフガッキーの料理ブログ!』

を開設!

そして現在フリーの料理人として

  • 料理ブログ
  • 出張料理
  • 料理教室
  • イベント開催
  • 農家さんの野菜をブログで紹介

 

などを個人で活動しています。

 

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↑出張料理の様子

 

さらにその先やりたいこと

やっぱり店舗は持ってみたいですが、固定費が多いのがネックなのをどのように下げられるか。

この問題をこれから解決していきたいと思います。

 

そして、飲食業界の労働環境を良くしたい。

飲食って体力仕事だし、精神的にもきついんです。

でも、料理が好きでおいしいもの作れるけど体力に自信ない人は、たくさんいます。

体力に自信がないだけで続けることができない。

けどおいしいもの作れる。だけどできない。

これって料理業界のかなりの損失じゃないですか?

飲食が好きで働きやすいように、いろんな働き口を作っていきたい!

長く働けないなら短くてもできる飲食の仕事作れれば、選択肢がかなり広がると思うんですよね!

これは野望です。

甘いと言われるかもしれませんが、誰かがやっていかないと、何も始まりません。

そして一人でもできません。

いろいろな仲間もいないとできないのです。

同志を集めて、飲食業界を変えていきます! 

これからぼくはどんどん挑戦していきたいと思います。

みなさんよかったら応援してくださいね。

 

長い自己紹介になりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

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www.travelife100.com

  


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